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2007年04月28日

ユーザーのリソース逓減とどう向き合うか

 カテゴリー:05-ふつーのゲーム話

きょうからGW。職場で何も問題がなければ9連休の予定ですが…

ニンテンドーDSによる業界の“パラダイムシフト”が起きている
 まだ動画は見れてません(昨晩は爆睡、今日はこれから買い物+友人と食事)ので、上記記事から気になったところに対してさらりとコメントなどを。

> 任天堂のハードはハイテクを使っていないと誤解されるが、低消費電力などハイテクが詰まっており、1つの関門を乗り越えるとまた次に難問が出るなど、これを増産するのは容易ではない。

 ゲーム機に限らずデジタル機器全般に関して、いつの間にかカタログスペック至上主義的なものの見方・評価が当たり前になってしまってるようですが、それって結局「自分がどう使いたいか・その機器が何に向いてるか」という評価の欠落(or放棄)じゃないかと思われます。

 高解像度対応ゲーム機といったって家にあるテレビがブラウン管だったら然程恩恵にあずかれない(場合によっては文字が読み難くて不便)でしょうし、ハイパワー・ハイパフォーマンスといっても消費電力や冷却ファン・光学ドライブ駆動音はなるべく抑えて欲しいところ。逆にユーザー体験が多様なハードであっても対応解像度が低いとリビングの大きい薄型テレビでは粗が目立つでしょう。その他いろいろ。

 こうした良し悪しの判断を多角的にアプローチできない単一方向メディアには未来がない、てな危機感がなぜか当のメディア側にはないようで…話が思い切り逸れました。

> プラットフォームの寿命は据え置き型で5年、携帯型ではもう少し短いと言われているが、最初に寿命が決まっているのではなく、ソフト+プラットフォームで決まるもの。ただし、任天堂がチャレンジしなくなったら短いだろう。チャレンジを続けていけば長くなり、寿命は延びるかもしれない。長く生きて、社会のインフラのようになっていければと思う。

 社会のインフラは常に一定の品質が要求されるため不断のメンテナンスに支えられて生活を支えるものであり、ゲーム機は生活必需品ではなくエンタテイメントツールなのである程度変化と多様性を内包させたコンテンツの提供が欠かせません。両者は基本的に相反する性格を持ちますが、任天堂が両者を融合した後どう支え続けるのか、今後のお手並み拝見。

> 「Second Life」については、個人的には興味もないし、ものすごいものになるとも思えない。現代を生きる人が使えるエネルギーは多くない。ゲームとは何か、にもかかわってくるが、人が何かをインプットしたときに、より価値のあるものが返ってくるときに、人はやめずに続けていく。ご褒美がなかったら続けられない。

 私も最近老いて衰えたんでしょう、なかなかゲームに着手する時間と気力が作れなくなってきました(それでも何故か定期的にゲーム買ってたりしますけど…)。かと言ってカジュアルゲーム一辺倒な生活も正直物足りなかったりします。えろげ? 正直もう(゚听)イラネ。過去のお気に入りエロゲ繰り返しで質量共にじゅーぶんっす。

 そんな我侭老人の重い腰を上げさせてくれるアプローチを今後のWiiに期待したいところ…とか言う間にWiiの電源入れて積みゲー遊んだ方がいいんですけど、天気がいいと外に出て散歩(GW期間ならハイキングとか)したくなるのですヨ。かと言って青空DSってのも流石に、ねぇ?w

投稿者 shizune : 2007年04月28日 14:06

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